いわゆるひとつの変革の年(ターニングポイント)だと思います。
当時の僕個人的にはファミコン一色でしたが、後々この年を世相的に振り返ると結構濃いです。
1985年(昭和60年)
なんといっても墜落の夏、日航機墜落事故ですね。
夏休み後半は連日こればっか。奇跡的に4人助かったのもすごいな。
同時に高校野球はPL学園優勝で三年間にわたりKKコンビが活躍という後にも先にもないような最強伝説を残しましたね。
プロ野球は阪神タイガースがぶっちぎりの打撃の強さで日本一に。
映画はバックトゥザフューチャー、アニメはタッチが一世を風靡しましたね。
1985年の漫画アニメ
個人的には奇面組のアニメ化がワクワクものでした。
東映まんが祭りの劇場とか友達同士で観にいったり相変わらずジャンプずいてました。
キン肉マンが休載してて復活した時期とかしばらく毎週買ってたなぁ、土曜日にフライングで買える小さな怪しいお店でw
名劇はセーラでしたね。
1985年のファミコン・ゲーム事情
スーパーマリオ発売で一気にファミコンが市民権を得てCMでも新発売のゲームソフトの宣伝がバンバン出ててもうファミコン持ってなきゃ仲間に入れないようなすごいブームだった気がします。
厳しい家庭の方針なんだろうけど持ってない子が気の毒で不憫で仕方なく、勝手に哀れな目で見てたしw
子供心にそのへんすごくデリケートで僕は特にその頃から神経過敏でファミコン持ってない子が一人でも居るときは絶対ファミコンの話はしないようにと心掛けてたんだけど無神経な奴が平気で話し始めたりすると必死で話題変えようとしたり・・バカですねw
ゲームセンターにも頻繁に入り浸るようになって、駄菓子屋で買い食いしたり、遊びに出掛けるとき百円ちょっと持って行くようになってちょっと不良になった気がして楽しかったっけ。
涙のパックランド
それでファミコンに移植される前のゲームを知るようになって、スターフォースや戦場の狼などよくやったんだけど中でもナムコのパックランドがすごく好きで、僕は仲間内でもこのゲームだけはちょっとうまくてゲーセンでやってると回りに知らないお兄さんが何人か覗きに来るほどの腕前で50円でかなり遊べるのでかなりやりこんだ。
しかしファミコンに移植されたソレはえらくチープな作りに変わってて超ガッカリしたのを忘れない。
そのとき初めてゲーセンのゲームと家庭用ゲーム機とではものすごい容量に差があることを知り、あのゲーセンのテーブルが家にあったらどんなに幸せだろうとか考えるほどパックランドに恋していたのだが、三年後にPCエンジンで発売された物はほぼゲーセンどおりの納得のいく代物で、夢は実現された。
1985年個人的邦楽ベスト10
1.悲しみにさよなら 安全地帯
2.フレンズ レベッカ
3.うしろゆびさされ組 うしろゆびさされ組
4.天使のウィンク 松田聖子
5.なんてったってアイドル 小泉今日子
6.あの娘とスキャンダル チェッカーズ
7.ふたりの夏物語 杉山清隆&オメガトライブ
8.翼の折れたエンジェル 中村あゆみ
9.スクールガール C-C-B
10.恋におちて~Fallinlove~ 小林明子
この頃はまだ自主的に音楽は聴いていないのだが、この年がJ-POP革命の年である事に気付くのはまだ先になるのだが、歌謡曲がJ-POPに変容していく黎明期であるといえよう。
奇面組効果でうしろゆびがすごく気に入りました。
アイドルとニューミュージックが入り混じり活気付いてきましたね。
洋楽もこの頃が一番良かったです。今聴くとシンセサイザーが古く感じますが、当時は進化するシンセを使いたかったんでしょうね、ハウンドドッグのフォルテシモとかね。(惜しい11位!)
MVPはファミリーコンピューター。