80年代回顧録

佐野量子が好きだった~個人的80年代アイドル遍歴

みなさんも子供の頃から現在に至るまで、テレビ越しに恋した職業アイドルが何人かいたはずです。

アーティストとかじゃなくていわゆるアイドルです。

現実の恋とはまた別の憧れや、理想の具現化に一役買ってる人達の事です。

カメラの前で笑顔を振りまいて持って生まれた魅力を金に換える選ばれしスターの事です。

ファンを踏み台にしてシレッと結婚して引退して、出産育児を終えて復活したりしなかったりする自分大好きな人たちの事です。

個人的アイドル遍歴~80年代編

河合奈保子(’81~’84)

僕が物心ついて初めて好きになったアイドルはこの人でした。

ドリフの「全員集合」に出演してる時の無邪気に笑ってる姿にキュンとなりました。

小1にして雑誌の付録のステッカーを勉強机に貼ってた記憶があります。

今思えば随分オマセさんでしたね~。

当時は同期の松田聖子と二分する人気であったが、楽曲に恵まれずセールスに差をつけられた。

河合奈保子は歌もうまく作曲能力もあり、顔、スタイル、性格と万能なスペックで、彼女の悪い噂はいっさい聞かない程、まさに天使のような女の子だった。

僕がずっと八重歯フェチなのは石野真子と河合奈保子の影響であることは間違いない。

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うしろゆびさされ組(’85~’86)

おニャン子クラブから派生した二人組ユニット。

アニメ「ハイスクール!奇面組」の主題歌タイアップでシングルを出す度に絵も一新して起用され続けたので、歌も含めて好きになった。

人気もほぼ半々でバランスの取れたコンビで、おニャン子クラブ解散と共にユニットも消滅してしまったのが悔やまれるが、どのみち高井麻巳子は翌年に21歳の若さで秋元康と結婚して芸能界を引退するのでやむなしであるが、相方のゆうゆはこの辺の裏事情に納得していないのを露骨に表しており、後期はコンビ仲もゆうゆの一方的な怒りで険悪になっていた。

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ちなみに僕はゆうゆ派でした。

ビジュアル的にはソロ活動を始めた87年のゆうゆは超絶可愛かったです⇩。

バラドルとして生き残ろうと必死だった89年以降は痛々しかったですけどね。

岡田有希子(’86)

「くちびるネットワーク」を唄ってる姿に惚れました。

聡明さと透明感が混在して漂う虚ろ気な哀愁を瞬時に感じ取れました。

あの時彼女の精神状態は既に壊れかけていたのかもしれませんね。

生の歌番組では歌詞を間違えてとちってしまったり、危うさが見てとれました。

その一ヶ月後に帰らぬ人となるわけですが、衝撃でしたよね。

しばらく就寝時は彼女のことで頭がいっぱいでなかなか寝付けませんでした。

松田聖子の後輩だけれど、彼女は河合奈保子に憧れていたそうですねw

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菊池桃子(’86~’87)

「Say Yes !」を唄ってる姿に惚れました。

正統派アイドルらしい抜群のルックスと、世の男性をメロメロにさせるウィスパーヴォイスを武器に、花の82年組を一掃して蹴散らして、新たな時代の幕開けを感じさせる次世代アイドルのトップアイコンとして「モモコクラブ」まで発足させた。

そんな絶頂期の最中に突如黒人を連れたバンド「ラ・ムー」を結成して脱アイドル宣言。

これまでのイメージを180度覆すビジュアルで、度肝を抜かされる。

AKBで例えるならまゆゆが絶頂期に突然女子プロレスラーに転身するような感じです。

楽曲はロックというかR&Bファンクであり、桃子の声や持ち味と化学反応が起こるわけもなく、多分辞めたかったのかな?

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南野陽子(’87~’88)

「楽園のDoor」「はいからさんが通る」「吐息でネット」「秋のindication」。

87年のナンノはひと際輝いておりました。

現在でも一番老劣化してなくて当時のままの愛嬌と美貌を維持してるのに感服。

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斉藤由貴(’87~’89)

当時から女優業に重きを置いており、一方歌にも独特の力が宿っており、二足の草鞋というよりも多才な印象で、どこか遠くを見つめてるような不思議ちゃんオーラもあり、魅力でいっぱいの女子力の高い存在感を醸し出していました。

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「悲しみよこんにちは」と「MAY」が名曲すぎて好きすぎる。

渡辺満里奈(’88~’89)

「とんねるずのみなさんのおかげです」開始当初レギュラー出演してた頃の満里奈は最高に可愛かったです。

おニャン子クラブ在籍時からルックスは完成されていて、10人いたら10人が「可愛い」と認めるようないわゆる万人に愛されるアイドル顔でしたね。

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佐野量子が好きだった(’88~’92)

中でも最も夢中になったアイドルを一人だけ挙げろと言われたら僕は迷うことなく彼女の名前を答えます。

思春期の頃、大好きだったアイドルは佐野量子さんです。

彼女は歌も出していましたが全くヒットせず、浅井企画に移籍してからはコサキン(関根勤と小堺一樹)に面白がられてバラドル方面にシフトし、クイズ番組で天然ボケを連発してる姿が当時のアイドルとしては珍しく新鮮で、心を鷲掴みされました。

とにかく小動物のような可愛さで、キラキラうるうるした瞳で、ゆっくり穏やかな口調でボケた事を言うのでヘロヘロになるんです。

おとぎの国から来たような浮世離れした彼女を汚い俗世間から守りたい!!って未成年で童貞の僕は強く思ってました。

初めて買ったアイドルの写真集

高一の春、僕は生れて初めてアイドルの写真集というものを購入しました。

佐野量子の「Note」というタイトルで確か1500円くらいしました。

何故かエロ本を買うよりも恥ずかしかったのを覚えています。

すごくいけないものを購入したような気持ちになり、引き出しの奥底にしまい込みました。

ほとんどが水着写真で、僕が想像していた物ではなかったので、ガッカリしました。

僕は彼女を全く1ミリもエロい目線では見ていなかったので、そうゆうのは全く期待しておらず、もっとこうカーディガンの袖を指半分まで伸ばす感じとか、萌える要素をまとめたものがアイドルの写真集だと勘違いしていたので、露出度の高い写真ばかりで佐野量子の魅力ってそこじゃねーだろ!って本気で落ち込んだのも青い思い出です。

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それから数年後、武豊との交際キス写真がフライデーされて、半泣きになる程ショックを受けました。

後に結婚したし遊ばれたわけじゃないし、相手は武豊だしまぁしょうがないんですけど。

子供を身籠ったわけでもないのにスッパリ芸能界を引退してしまったのは残念でしたね。

というわけで僕の中でのナンバーワンアイドルは佐野量子さんなのでした。

西村知美も好きだった(’89~’94)

当時はキャラもかぶっていて佐野量子と西村知美はよく似ていると言われてましたが、二人は仲も良くて並んでテレビ出演してる姿を拝見した時はとても癒されました。

結局一番長期間安定して好きだったアイドルはとろりんということになります。

デビュー映画「ドン松五郎」での美少女ぶりから、結婚後もバラドルとして天然ボケぶりを発揮し続けるまで、長らく可愛らしさを維持し続けた本物のアイドルではないでしょうか。

アニオタアイドルとしてもパイオニアな存在で、「クリィミーマミ」「うる星やつら」「ルパン三世」大好きを公言していましたね。

喋り方もオタク特有の早口で、この人は本物なんだなと思いました。

資格マニアでもあり、いろんな資格を取得しまくってるので、つまり見かけによらずとっても勉強家なんですね。

ユーモアを交えてコメントする能力など見ると、結構賢い方なのかもしれません。

現役アイドル当時は娘ができたら名前は絶対「アリス」にすると言ってましたが、実際は違いましたね(笑)

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ちなみに同じモモコクラブ出身の畠田理恵さんは将棋の羽生さんの奥さんですが、彼女なんて佐野量子と西村知美を合体させたような感じの人でしたね。

はい、当然好きでしたが、活動期間が短くて地味でカウントするに至りませんでした。

B級アイドルが好き

こうして改めて振り返ってみますと、自分はB級アイドルが好きなんだなぁと気付きました。

聖子や明菜ではなく、河合奈保子。

おニャン子では新田ではなく、ゆうゆ。

宮沢りえ・牧瀬里穂・観月ありさの3M時代に佐野量子&西村知美。

それでもこの頃はまだ1.5軍くらいのまだまだメジャーなアイドルのライトファンでしたが、その後どんどんこじらせて二次元や声優の方に走って行ってしまったのはまた別の話とします。

グループアイドルはもうお腹いっぱいなので、また一周してピンのアイドル歌手の出現を期待したいものですが、時代的にリスク高くて無理なのかなぁ?

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