ダチョウ倶楽部の上島竜兵(61)氏が自宅で首を吊って急死しました。
朝のワイドショーで一報を見た時、突然すぎる訃報に驚きました。
古き良き芸人らしい芸人でして、いじられ芸人の頂点といっても過言ではないでしょう。
彼の笑いの打率はかなり高かったです。
竜ちゃんが出てたら必ずどこかで笑わされてましたから。
ご冥福を祈る前に、直近の仕事など自殺の要因となる引き金を探りたいと思います。
ドリフに挑戦コント番組に出演
往年のドリフのコントを現役の芸人達でコピー(カバー?)するという内容で、上島も囚人コントに出演した。
私もたまたまこの囚人コントの部分だけ放送中視聴したのだが、今にして思えばであるが、明らかにいつもよりも竜ちゃんに元気と覇気がなく、両隣の春奈(ハリセンボン)と澤部(ハライチ)に挟まれて存在感が消えており、鬱の兆候はあったのかもと推測される。
出演陣の中でも最も志村けんと親交の深かった竜ちゃんだから、もしかしたら志村のことを改めて思い出すことで喪失感が増幅したのかもしれない。
収録後の感想として、加藤茶と一緒にコントを出来た事に感無量というようなコメントをしており、芸人としてある種の達成感を獲得したのだと思うが、同時に目標を失った事に気付かされたのかもしれない。
この番組の放送が5月8日の日曜であり、この僅か二日後の自決となるのだが、収録番組であった事と、まだ他にも生前未放送の番組はいくつか残されているだろう事から、おそらく生前最後の公の場でのカメラの前の姿というのは、現在放送中のドラマのワンシーンか、4月25日のPRイベントでのダチョウ倶楽部揃っての出演かと思われる。
恩師・志村けんに引っ張られた?
やはりドリフの現場で志村けんがいない現実に改めて直面してナイーブな感傷が甦った感は拭えない。
ほとんどの人たちは志村の死を克服しつつある状況の中で、自分だけがまだ引きずってしまっている事を言いだすことも出来なかったのかもしれない。
実際上島は志村に才能を買われ、とても可愛がられていたそうである。
年始のラジオで有吉が冗談交じりに「志村さんが寂しがってるよ?竜ちゃん‥って」と言うと、「嫌だよ!まだ死ぬのは」と怒って否定していたが。
しかしこんな形で自死してしまった上島に対し、志村けんは怒っているに違いない。
春の連続ドラマ2本に出演中だった
やんごとなき一族
4月からのフジテレビ木10のドラマにダチョウ倶楽部の3人が揃って出演。
上島は八百屋の八さん役で、脇役ながらも所々での出演が約束されていたが、第2話だけの出演となってしまった。
その後、肥後と寺門は二人で出演してました。
恋に無駄口
深夜の若者向け青春ドラマだが、上島は用務員のおじさん役で出演。
こちらも脇役ではあるものの、箸休め的なキャラとして毎回ワンシーンは必要な存在だっただけに、ひっそり消えていくのはしのびないが、収録は既に終えているそうなので、問題は上島の出演シーンをカットするのか使うかの判断だけか。
まぁこんな深夜枠のクソドラマなんて誰も見ないから何の影響もないけどね。
ドラマ仕事の拘束による疲労か?
一昨年前の三浦春馬がドラマ撮影期間中に亡くなったが、ドラマ仕事というのは時間拘束が長く場合によっては精神的苦痛を伴う事もあるのだろう。
三浦の場合は主演だったので上島と比べられるものではないが、竜ちゃんも精神的に弱っている時にたまたまドラマ仕事が二つも重なってしまった事で負担が大きかったのかもしれない。
結果論だが、ドラマ仕事が心労負担になった可能性もゼロではなく、もうちょっと休んでいてもよかったのかもしれない。
竜兵会はご無沙汰?土田と有吉の罪と悔い
土田「竜兵会はただの金づる」
太田プロの竜兵会のトークだけが持ちネタの土田であるが、毎度その内容はいかに上島が先輩として慕われていないか、バカにされているか、ポンコツであるかという内容で、聞いていて不愉快であんまり笑えないものだった。
先月のラジオでは「竜さんは慕われてるわけではなくて、後輩にとってただの金づる」と発言する。
本人が居る前で言うならまだいいが、いない所でこれを又聞きで知った上島はどう思ったことか。
上島には何を言ってもいいと思ってる時点でやっぱり単純にナメてるんですよね。
土田は学生時代は不良の番長で、元相方をいじめぬいて逃げられた過去もあるし、冷血で性悪で全然愛が感じられないんですね。こいつが死んでも誰も悲しまないよ。
有吉「死ぬなら早いうちがいいね」
有吉も基本的には土田と同じで終始上島をコケにした笑いでして、後輩に言われたい放題の上島の懐の深さを見せるにしても、上島本人はその場では笑いながらも少なからず精神的ダメージを負っていたと推察される。
何故なら上島はああ見えて繊細な人だったからだ。
有吉は猿岩石没落期から復活するまでの潜伏時代に上島に相当世話になっていたそうで、「自分が泣くときは上島竜兵の葬式の時だけだ」と昔ツイートしたほどだ。
しかし近年は年に2~3回しか会わない関係ながら、有吉のラジオに毎年正月恒例ゲストとして上島は呼ばれていた。
その際に必ず有吉は上島に対して「死」をテーマにしつこく責めたて、前述の「志村さんが呼んでる」以外にも、「葬儀で泣けないから思い出が強いうちに死んでほしい」とか本人を前にして無茶苦茶言っていた。
上島もキレ芸で流してはいたが、今それを聴くと終活を意識する意味で徐々に蓄積されるものはあったのかもしれないと思えてくるのだ。
ネットTV「有吉ベース」では昨年秋に上島の還暦を祝す前提で上島生前葬を企画放送した。
こうゆう積み重ねが弱った上島を少しずつ「死」の道へ誘った可能性もあると追求されても仕方ない部分もあるのではないか。
もちろん絶対に死ぬはずないと思ってるからこそできたんだろうけど。
有吉は昨今認知症を患ってしまった蛭子さんに対してはすごく優しく接していたのにね。
こんなことなら竜ちゃんに対する扱いをもっと変えるべきだったと、本人が今一番ショックであるはずだ。
親しき仲にも礼儀あり。
と今更学んでも死んでからでは遅いのだ。
劇団ひとり「笑い話にできるように‥」
死の三日前にダチョウオフィシャルのインスタに、竜兵会の劇団ひとりと久しぶりに会えたことを嬉々として笑顔でガッツポーズ姿のツーショット写真をアップして報告されたのが、上島の生前最後の発信となった。
やはり上島は竜兵会で集まって飲めない状況に相当憔悴していたのかもしれない。
劇団ひとりも演技ではなく本気で泣いているはずだと想像していた。
…が、蓋を開けてみればシリアスに語る事もなく、いつか上島の死を笑い話にできるくらいにまで自身の腕を磨いて昇華させたいみたいなことを言うだけにとどめた。
これには拍子抜けというか、意外と軽いなという印象を受けた。
死の三日前に会ってるならその時の会話のやり取りとか様子を話すこともできないのか?
やはり土田が言うように上島と竜兵会のメンツとの間には相当の温度差があったのかもしれない。
そしてそれに改めてハッキリ気付いてしまって、上島は絶望したのかもしれない。
今思えば太田プロの後輩に拘らずに、別の畑の友人と親睦深めてればよかったのにね。
少なくとも太田プロの後輩らと違って、異業種の人達のほとんどは、上島竜兵を一流の芸人としてリスペクトしていたからね。
妻広川ひかると二人暮らしで子供はいない
家庭の話はNGだが夫婦仲は円満だった?
恐妻家であることも口封じされるほど妻からの指令は絶対であったが、それでも長年二人暮らしでノースキャンダルで銀婚式を越えた関係だけに、夫婦関係は円満であったとされているが、仮面夫婦だった可能性も高い。(昔妻の不倫はあったらしい‥)
第一発見者の妻である広川ひかるの胸中は測り知れない。
子供がいじめられるかもしれないから作らない?
二人の間に子供は出来なかった。
昔番組のインタビューで上島が語っていた記憶があるのだが、「もし子供ができたらその子が学校にあがったら父親のことでいじめを受けるかもしれない、だから作る予定はない」というようなことをコメントしていた。
実際の理由は不明であるが、少なくとも当時から子作りに積極的ではなかったとされる。
だがこれもよくよく考えるとおかしな話で、親がいじられ芸人だからといって子供が学校でいじめられるかと言えば、最初はからかわれるかもしれないが、そのことでずっといじめを受けるはずがあるわけないし、実際にそんな現象があるなら相当民度の低い環境だろ。
ライバルの出川哲朗
本人からも自身も互いにライバルと公言する出川哲朗もまた、竜ちゃんと同じ理由で子供を儲けていない。
妻の事を全く話さない点も共通している。
きっと出川が一番タレントの中では上島の事を知っているに違いないが、おそらく公に話すことは控えるのだろう。
「また(お約束芸の)ケンカしてチューしたかった」と真っ先にコメントを公表した。
「出川の充電旅」では上島は最多出演しており、一般の人達からも愛されていた様子が窺えた。
有吉の番組に出川はよくゲスト出演しているが、上島からしたら近年完全に出川に差を付けられてしまった事が悔しかったのもあるかもしれない?
ダチョウ倶楽部メンバー関係性
PRイベントに3人揃って出席
ダチョウ倶楽部は常に3人揃って活動している印象であったが、ここ10年くらいからは上島と肥後の二人とジモン一人という形態が多く、実際ジモンはメンバーからもうざがられていた。
だが先月下旬のイベントには3人揃って出席し、アクリル板越しではあるがジモンと竜ちゃんのキス芸も披露し、会場を沸かせた。
その際にジモンは「竜ちゃん(の手)って優しいんだな‥」としんみりと発言。
コロナ禍で芸が規制され、とても苦しんでるという現状を伝えていた。
これが3人のダチョウ倶楽部としての活動の最後になってしまうとは。
肥後と寺門に悩みは話せなかった?
リーダーの肥後とは良好な関係を維持していたように見受けられるものの、果たして実際どうだったのか。
肥後はああ見えてものすごくドライで閉鎖的で、腹を割った話ができるタイプではなかったのかもしれない。
上島は鬱の兆候があってもそれを自身も認められないまま突然逝ってしまったのではないか。
経験者の名倉や岡村に相談すればと思うが、他事務所の後輩に打ち明けるのもハードル高いだろう。
やはりメンバーである肥後と寺門が異変に気付いてやれなかった事が悔やまれる。
ダチョウ倶楽部ギャグの歴史
もう今後二度とダチョウ倶楽部の団体芸が見れないと思うと残念すぎるのだが、過去を遡って懐かしむスタイルで映像を懐古することも、死因が自殺という事で出来なくなってしまった。
その意味で上島はダチョウ倶楽部の未来はおろか過去の芸も封殺してしまったわけで、この自殺はとても罪深い。
上島が弄られてる姿を見て、我々はもう純粋に笑う事が出来なくなってしまったのだから。
聞いてないよー!
ダチョウ倶楽部がブレイクした「たけしのお笑いウルトラクイズ」での場面で思わずジモンの口から飛び出したこのワードが後に93年の流行語大賞銀賞にまでノミネートされる。
これはバラエティでも事前にスタッフから伝えられるものだという裏側の条約のようなものを暴露したような斬新な叫びであり、ヤラセではなくガチなんだと視聴者に訴えかける意味でも番組的にもウィンウィンで、私生活でも一般人も活用できるキャッチーな言葉であった。
学校で抜き打ちテストがあると、生徒たちが一斉に「聞いてないよー!」と言ったものである。
どうぞどうぞ
上島が「俺は絶対に嫌だ!」と言うと、ジモンと肥後が「じゃあ俺がやるよ」「いやいや俺が‥」と手を挙げて、その流れにつられて上島が「俺がやるよ!」と言うと二人が「どうぞどうぞ」と譲るというお決まりの団体芸だが、これが滑り知らずの面白さで、30年使っても古びないからすごいと思う。
このネタは誰がやっても面白いのだが、状況が限定的な為、実生活では使いづらい。
絶対押すなよ!
熱湯風呂における上島の「押せ」のサイン。
これも毎度分かっていても爆笑必至で、上島の道化師としてのリアクション芸の最高峰。
押すタイミングを見計らっているジモンの目の泳ぎまで面白くなってくる。
くるりんぱ
帽子を被ることの多い上島が、よく地面に叩きつけた後でそれを拾って怒り顔から笑顔に早変わりするという和やかなギャグ。
これも子供をあやすような何の変哲もないものであるのだが、竜ちゃんがやると何度見ても面白いのである。
誰も傷つけない癒しギャグの最高峰。
ケンカ⇒キス芸
これも以降の芸人がマネしてケンカ芸は継承されているが、最初に開拓したのは竜ちゃんである。
ひと頃出川哲朗と竜ちゃんのコンビ芸として見せられてた頃は気持ち悪いなーとチャンネルを替えたくなったものだが、近年のギャラ泥棒のタレントが多い中で、芸人が体を張ってる姿を見ると、高いギャラを貰ってる分の仕事をきっちりしている感じが好感持てるにまで至ったものである。
アンチがいない愛され芸人上島竜兵
竜ちゃんが嫌いとか面白くないとか言う人を見たことがありません。
芸能界はもちろんの事、視聴者からも広い世代から愛されていたのが上島竜兵です。
実際に上島を叩く記事も見たことないし、すべってる姿すら見たことがない。
芸人としてかなりポテンシャルの高い人であったことは事実だろう。
西田敏行のモノマネ
ダチョウの持ちネタはいくつも思い出されるが、竜ちゃん個人の芸として一番に思い浮かぶのはやはり西田敏行のモノマネだろう。
顔立ちも似てるし、うりふたつなんだよね。
それでいて哀愁が漂っていて笑いながら泣けるっていう。
これこそがホンモノの芸なんじゃないか、と。
我々はダチョウ倶楽部と上島竜兵を過小評価しすぎていたことを認めなければならない。
本当に芸達者なプロだった、と。
⇧ケツメイシ「友よ」のMVがダチョウメモリーで泣ける
自分が死んだときは死に顔に熱湯をかけてくれと彼は発言したそうであるが、本当にそうしたら飛び起きてくれるんじゃないかと思ってしまうよね。
とても悲しい。
竜ちゃんの御冥福を心よりお祈り申し上げます。